『月の満ち欠け』以前に直木賞を授賞すべきだったいくつかの佐藤正午作品について

佐藤正午様、直木賞受賞おめでとうございます。デビューから30年以上たつわけですが、2年前『鳩の撃退法』にようやく文学賞が与えられたとき、いやもういいんだよそういうのは、このまま無冠の帝王でいたってわたしはずっと新作を待ちつづけるし、そういう読者はいっぱいいるんだから、だいたいいまさら賞をあげるなんて遅すぎるんだよ、直木賞なんて4回くらいもらっててもおかしくないんだから、とひねくれていたわけですが、それはそれとして山田風太郎賞直木三十五賞も、受賞されたことは一ファンとして素直によろこばしく、心の底からうれしくおもいます。ほんとうにほんとうにおめでとうございます。

受賞作の『月の満ち欠け』は文句なく素晴らしい、佐藤正午作品のひとつの到達点ですので、まだの方はぜひお読みください。語りのうまさと緻密な構成でありえない設定を読ませる佐藤正午らしさに満ちた小説です。

月の満ち欠け

月の満ち欠け

 

 

さて、長らく無冠だった佐藤正午、キャリアの中にはベストセラーも映像化された作品もありますし、なぜこれが賞の候補にさえならなかったのかしら、と疑問におもうような傑作もあります。というわけで、『月の満ち欠け』の次に読むなら、やはり『Y』からはじめましょう。

ケン・グリムウッドの『リプレイ』というタイムループものの名作があるのですが(未読の方はこちらもおすすめ)、『Y』はループして何度も人生をやりなおす主人公、ではなく、その友人の視点で語られる物語です。ありえたかもしれない別の人生では、もう名前も顔も思い出せない高校時代の同級生と親友で、彼はまた運命の分岐点に戻るのだという……。ある決定的な事故が分岐点となるわけですが、情報の出しかたが実にたくみで、ページをめくる手を止まらせない小説巧者ぶりを堪能できる一冊です。ぜひお休みの日に読んでください。 

Y (ハルキ文庫)

Y (ハルキ文庫)

 

 

お次は15年前に起きたふたつの殺人事件を描く『アンダーリポート/ブルー』か、ドラマにもなった、もしみんなで買った宝くじが当たったらどうする、からはじまる『身の上話』がおすすめです。どちらもミステリーとしても読めますが、語り手の立ち位置に注目して読むとこの小説家のうまさがわかるはずです。『アンダーリポート/ブルー』は絶対に小学館文庫で読んでください。後日談としてくわえられた「ブルー」があるとないとでは読後の印象がまったく変わります。あと伊坂幸太郎の解説がいいです。

アンダーリポート/ブルー (小学館文庫)

アンダーリポート/ブルー (小学館文庫)

 
身の上話 (光文社文庫)

身の上話 (光文社文庫)

 

 

『鳩の撃退法』もはずせない一作。津田伸一の名前を見ただけで、やったやった津田先生こんどはどんな自業自得のひどいめにあうのかな、と佐藤正午ファンはわくわくするものなのですが、期待を裏切らない落ちぶれっぷりでやっぱり津田伸一はこうでなくちゃ、というのはともかく、とある一家の失踪から二転三転、読者は上巻は翻弄されまくり、下巻は回収される伏線にうっとり、そしてあんなにうざかった津田伸一になぜかぐっときてしまう、そんな小説を読むたのしみがみっちりと詰まったお得な上下巻です。津田にもうすこしつきあってもいいかもしれないとおもえたら、『5』を読んでください。わたしの佐藤正午裏ベストです。

鳩の撃退法 上

鳩の撃退法 上

 
5 (角川文庫)

5 (角川文庫)

 

 

最後に、佐藤正午が小説を書くことをどのように考えているのかがうかがえる『小説の読み書き』をおすすめしたいとおもいます。『雪国』『銀の匙』などなど数々の名作を相手どり、小説家ならではのこまかすぎる視点をもってべりべりと作者の意図をはがしてみせ(時々間違える)、小説を読む技術を背中で見せてくれます。これを気に入った方には、『鳩の撃退法』から『月の満ち欠け』までのあいだの創作の舞台裏を見せてくれる『書くインタビュー』のシリーズをおすすめしたい。嫌味と自意識にまみれながら、まれにまじめな創作秘話が読める実にたのしい書簡集です。

小説の読み書き (岩波新書)

小説の読み書き (岩波新書)

 
書くインタビュー 1 (小学館文庫)

書くインタビュー 1 (小学館文庫)

 

 

あれもこれもぜんぶいいところがあるからぜんぶいいって言いたいところだけど(『永遠の1/2』久しぶりに読んだらやっぱりデビュー作にはすべてがあるなとおもったし、エッセイなら『ありのすさび』か『小説家の四季』もいいし、ギャンブル好きなところもいいから『Side B』も、とかもうとまらない)、このへんにして。

最後に、何度言っても足りませんが、ほんとうにおめでとうございます。今後のさらなるご活躍を心よりお祈りいたします。

さようなら、すべての夏よ

異動して職場に埋もれるように生きている。休日は猫にまみれながらひたすら寝るか仕事しにいくかで、あれ、休日とは……?担当分野が10年以上やってきた文庫から文具にかわったので、要領がつかめず右往左往。

直木賞候補が出て、佐藤正午佐藤正午!!となる。受賞するといいのだけれど、してもしなくてもわかっているよ、いつも素晴らしい小説を書いていること、ものすごくまじめに小説について考えていることを。小説も素晴らしいが個人的には『小説の読み書き』がとても好きで、唯一何度も読んでいる新書だ。

映画館で不愉快なおもいをする。しかし図書館でも電車でもスーパーでも不愉快なことにはであうもので、どのように対処するかということを考えなくてはいけないお年頃なんだろうな。わかってはいるが、わたしは社会に向き合うのがこわい。

小説の読み書き (岩波新書)

小説の読み書き (岩波新書)

 

 

一年でもっとも美しい季節

山本周五郎賞候補作と三島由紀夫賞候補作をいくつか読んでみる。町屋良平『青が破れる』が拾いものであった。デビュー作らしい瑞々しさがあり、文藝らしいクセもあり、今後伸びていってほしいなとおもう。受賞したのは宮内悠介と佐藤多佳子。『明るい夜に出かけて』はハガキ職人が主人公の物語で、小学生の頃からずっとラジオを聞いているわたしはなんかぐっときてしまった。小学生の自分に、25年たっても伊集院のラジオ聞いてるよ、って言ってもぜったい信じないとおもうけど。

異動の内示をうける。会社は理不尽なものでいろいろおもうところはあるが、とりあえず職場がとても近くなるので、それは素直によろこんでいる。期待と不安に満ちた五月である。

青が破れる

青が破れる

 
明るい夜に出かけて

明るい夜に出かけて

 

 

どこへも向かわない気持ち

老猫が痩せてきているようだ。6月で16歳になるので、衰えてゆくのは当然のことなのだが、とはいえできるだけのことはしてあげたい。自宅にいるときは数時間おきに猫缶を少しずつあげて中腰で食べるのをじっと見ている。

荻窪の書店Titleの開店顛末が書かれた『本屋、はじめました』を読む。リブロ池袋から個人書店へ、というのは思いきった決断だとおもうが、おそらくリブロでの仕事をやりきったという気持ちと共に働く奥様があってできたことだろうなと感じる。

季節が夏に向かっていくときにいちばんうれしいのは、仕事帰りにアイスの買い食いができること。マイベストアイスことジャイアントコーンにチョコミントが限定で出ている!むしゃむしゃ食べながら夜道を歩いているとたいていのことは許せる気持ちになる。ジャイアントコーンは味と値段のバランスが素晴らしく、特に青いやつがさいこうだ。チョコミントはおいしかったけど、ちょっと高いんじゃない?しかし干支が3周しても人は買い食いするのだな。

本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録

本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録

 

 

いま手の中にあるもの

10年ぶりくらいに脳貧血で倒れる。しかも電車の中で。完全に意識が飛んだ。出勤途中だったので、そのまま電車を降りてしばらく休んでから帰宅した。まあそういうこともある。

西川美和のエッセイ集が出ていたので、喜び勇んで購入。やはり素晴らしい。作家としては卓越した比喩表現をもつひとだとおもう。それは映画監督としていろいろなものをとてもよく見ているからなのかもしれないけど、文章の仕事ぶりもたまらなく心を揺さぶられるのだ。それにしても、引用される本木雅弘のメールの文章の無邪気なこと。こちらも別の意味で心をつかまれる。『永い言い訳』、もういちど小説を読んでそして映画を見てみよう。

映画にまつわるXについて2

映画にまつわるXについて2

 

 

忘れちゃだめだよ

佐藤正午の新刊が出たぞ!

『月の満ち欠け』はひさびさの書き下ろし。物語の骨格はストレートな恋愛小説なのだが、外側の語り手から始めるあたり、佐藤正午らしい韜晦と自意識にまみれていてたまらない。もちろん枠の外側からでなければ語りえないという小説的な技法に自覚的であるからこそ選びとられるかたちなのだけれど(『鳩の撃退法』も『Y』も『ジャンプ』も『身の上話』も『アンダーリポート』も)、やはり渦中の人物に語らせないというのは自意識のなせる業だとおもう。

切れてしまった気持ちを立て直しきれないまま働いている。定期券の更新をするのも腹が立ってPASMOをへし折ってしまいそうなくらいだ。

月の満ち欠け

月の満ち欠け

 

 

夜の芝生の上に

帰り道ラジオから流れてきた「流動体について」、何もかもふっとばしてしまうほどの強い力でつかまれて、涙が出てくるのを止められなかった。悲しいのとはちがう、うれしいのでもない、ただただ心の中がぜんぶ揺りうごかされて、あふれでるように涙が出てくる。とてもとても美しい音楽だ。

カルテット、終わってしまった。終わってしまったよ。どの回も素晴らしかったのだけれど、松たか子宮藤官九郎のふたりでやった回はとりわけ身にしみてつらかった。めずらしくよくドラマを見ていた数ヶ月だった(カルテット、嫌われる勇気、ダウントン・アビー、刑事フォイル)。4月からどうしようかな。

新宿に行く用事があったので、いくつか書店を見てまわる。どこもあまりぴんとこないなあ……。もう文脈棚とかセレクトショップ的なお店はいくつもあって、どこを見ても新しい発見がないような感じがする。もちろん、いま現在流通にのっている書籍で、という限定があるから、差別化はなかなか難しいとおもうが、それにしてもどこも同じ本を置いてるよ。書店の作り方がもう一歩前に進む時期にきているんだとおもう。

久しぶりに上野動物園に行く。マヌルネココツメカワウソが大好きなのだが、マヌルネコはほぼほぼかわいいネコなので、家で愛猫を見ればいいじゃんと言われそう。でもかわいいんだ。コツメカワウソもめちゃくちゃかわいいんだ。

読んだ本では、芥川賞候補になった岸政彦の『ビニール傘』がとてもよかった。この人にエッセイではなく小説を書かせた編集者は実に慧眼だとおもう。小説を書き続けるのはなかなか難しいかもしれないが、今後も期待したい。

異動の話は社内政治的に消えてしまった。それは仕方がないこととしても(かなりがっかりしたけど)、その後の上司の対応に納得できず、まったく気持ちがおさまらない。

ビニール傘

ビニール傘